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高松高等裁判所 昭和30年(ラ)13号 決定

抗告人(申請人) 片山柔剛

相手方(被申請人) 谷ヒデ

主文

原決定を取消す。

抗告人に於いて保証として金十万円又は之に相当する有価証券を供託することを条件として、

徳島県海部郡日和佐町大字奥河内字寺前五百八番地の一畑一町二畝十三歩の地上に生立する果樹木(柑橘類)に対する相手方の占有を解き、抗告人の委任する徳島地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。執行吏は徳島県海部郡日和佐町農業委員会又は其の他適当な第三者に右果樹木の栽培上必要な一切の肥培管理を行はせることができる。

執行吏は右命令の趣旨を適当の方法で公示しなければならない。

抗告費用は相手方の負担とする。

理由

抗告人は原決定を取消す、相手方の徳島県海部郡日和佐町大字奥河内字寺前五百八番地の一畑一町二畝十三歩の地上に生立せる果樹(柑橘類)に対する占有を解き抗告人の委任する徳島地方裁判所執行吏にその保管を命ずる、執行吏は抗告人の申出により仮りに抗告人に右果樹の栽培に必要な一切の肥培管理を行はせることができる執行吏は右命令の趣旨を適当の方法で公示しなければならない旨の裁判を求めた、

抗告人の抗告理由要旨は(一)原決定は結局に於いて抗告人に対し国が右地上の柑橘園果樹木については廃止前の自作農創設特別措置法(以下単に自創法と略称する)に基き別に対価を定めて買収処分をしたものでないことを認め乍ら地上の果樹木についても農地買収処分の効力が及ぶかの如く曲解し抗告人は既に素地の買収処分により地上果樹木の所有権を失えるが如く認定した。然れ共抗告人は仮りに本件土地買収処分が有効であるとしても次のような理由に依つて本件果樹木の所有権を喪失していないものである。

即ち(1)自創法に於いては農地である素地と其の地上果樹木、立木等は別個の不動産として規定せるものなることは同法第十五条、第三条、第十六条第一項第三十条第三十一条等に依るも明かである。右規定に依れば自創法に於いては先ず農地を買収するといえば農耕の用に供せられる土地其のものを謂い、其の地上の果樹木立木等については別個の買収処分を必要とするものであつて、農地を買収しても之等の地上立木、工作物等に当然には効力の及ばないことが判明している。即ち自創法には農業用施設、水の使用に関する権利、立木、土地の上にある立木又は建物其の他の工作物は別個の買収処分を必要とするもので之等の列記のものは其の登記あると否とを区別せず又法律上登記の出来得ないものも等しく同様に買収処分を必要としている点より見れば自創法に謂う立木は必ずしも登記あるもの又は明認方法のある立木に限らず単なる立木に付ても同様別個の買収処分を必要とするものである。

(2)自創法に於いては農地上に登記せざる集団の有価物である果樹木がある場合何等の対価なくして素地のみを買収することにより果樹木の所有権を国が一方的且原始的に取得するとしたものではない。即ち、同法に於いて国が買収を企図する直接の目的物は農地等の素地そのものである。故に買収に当つて支払はれる対価を見るもその算出の根拠は賃貸価格の何倍(本件は畑賃貸価格の四十八倍)と定められ、その賃貸価格の生じた根拠は地租法乃至固定資産税評価基準より来たもので、その賃貸価格形成の資料は評点式評価方法の定めるところにより、

土地そのものの土性、気象、灌漑、地形、排水の良否等、土地自体に属する経済上の影響条件を資料として形成せられて居るものであつて土地(素地)以外のその地上の果樹木等については何等賃貸価格形成の資料となつて居らず、(果樹木は租税法上土地とは別個の資産不動産として、評価、徴収の対象となつている。昭和二十七年二月国税庁発行富裕税財産評価事務取扱通達参照)。従つて素地のみの対価を支払つた買収処分によつて、国家が強制的に且原始的に、同地上の果樹木立木等の所有権を取得するとなすことは出来ない。かように解することによつて始めて、自創法第一条第三条、第十五条第三十一条等の精神にも合致し又昭和二十二年五月十四日附農林省告示第七一号宅地等の対価基準に関する趣旨も正解出来るものである。

(3)又民法の解釈に於いても土地とその地上立木とは別個の不動産として取扱はれる場合があるものであつて、該立木等が土地の売買の目的として之に包含せられるや否やは当事者の意思に依つて定まるものである。只地上立木は独立して登記を為しその権利の得喪を公示する方法のない場合には地盤の登記を為すときは地上立木が地盤の定著物たる関係より該立木の権利得喪の公示方法として其の効力を認むべきものとなすのみである。本件に於いてはむしろ国の買収意思は買収計画書には素地のみを買収の目的としその価格は地盤のみの価格を以て買収したもので地上果樹木には何等買収意思もなかつたことは顕著であり、又国の一方的の強制買収であるから抗告人の意思も介在していないものである。

又本件土地上の果樹木は土地の従物として附合せしめたものでもない。元来果樹栽培の目的は果樹を育成してその果実により年々収益を挙げるのが目的で土地を良くするための物ではなく、土地はむしろ、果樹育成の手段として私用するに過ぎず。本件に於いても土地は僅かに四千六百円程度に評価せられているがその地上果樹は、柑橘類約千本以上、樹令約二十年生であつて此の価格は税務署評価決定によるも十八万円にして時価は其の倍額である。従つて本件果樹木は到底土地の従物として之に附合せしめたものとは謂えないのみならず実際の取引上に於いても通常果樹を主にして重要視して土地を従として評価売買する慣習が存するものにして本件の如く成熟木にして収益最盛期にある果樹を土地の従物として無価値のものとして売買又は取引することは絶無である。従つて、国家が自創法に基き強制的に買収し所有権を原始的に取得する農地買収の効力を判断するに際り私人相互間の任意譲渡の場合に於ける法理をその儘当てはめて地上立木は土地の構成部分であるか又は土地の従物として附合せしめたものとして素地が移転すれば、反対の意思表示のない限り地上樹木の所有権も当然移転するものとなすは誤りである。

(二)又仮りに本件買収処分に於いて国家が素地のみの対価支払によつて、その地上にある有価物たる果樹木に対する所有権をも取得する行政処分乃至は法律上かような法律効果の当然及ぶ行政処分をしたものとすればかような行政処分は憲法第二十九条違反として、その行政処分は全部当然無効のものである。

国家が強制的に、国民の財産権を取上げる場合には先ず、その対価を定め、法律規定の各手続に依つた処分をしなければ国民はその権利を失うものではない。本件に於いては、畑地の賃貸価格の四十八倍に該る金四千六百十四円二十四銭を以て、土地のみを買収したのであるが、その地上には前示の如き相当大きい価格を有する柑橘類が生立するに拘らず、三十分の一にも達しない素地丈の補償代金によつて国家が、当然右果樹木の所有権を取得するものとすれば、右は憲法違反の行政処分にして無効である。

(三)尚自創法第十四条は先ず買収計画があつて、其の計画に基いて買収した農地其のものの対価に付不服あるものの救済規定であつて、農地と別個に買収計画並買収処分を必要とする地上の立木、果樹木、工作物等については右規定に依り救済すべき限りでなく、同項の適用ある場合は右地上立木果樹木工作物に付買収計画あり対価も定められて買収された場合其の対価に不服ある場合に限るもので、要するに買収計画並対価支払あることを前提として其の処分に不服ある場合の救済規定であつて本件の如くその前提を欠く場合には全然適用はないものであると主張した以外は原決定理由中、抗告人の主張事実摘示と同一であるからここに之を引用する。

(疎明省略)

(四)仍て審按するに、仮処分申請の棄却決定に対しては普通抗告が許さるべきものであるところ、本件即時抗告の申立は普通抗告の申立としての効力あるものとして適法なものと謂うことができる。

抗告人は昭和二十四年四月二十二日申請外谷精一より本件土地の譲渡を受けこれを所有していた。国は同年十月二日廃止前自作農創設特別措置法(以下単に自創法と称する)に基き本件土地を抗告人より買収し、同日これを申請外竹田百太に売渡し、相手方は同二十八年五月二十四日右竹田より買受けてその所有権を取得し同年六月二十五日その登記手続を完了しその頃より本件果樹木を占有してその肥培管理をしている。然しながら国のなした買収処分は無効であるから抗告人は本件果樹木の所有権を喪失しない旨主張するので検討する。疏甲第十号証の一と抗告人の主張自体によれば本件土地の実測面積は約四町六反九畝十八歩にしてその内約二町三反六畝十六歩に本件果樹木(樹令十年乃至十七、八年生の蜜柑樹約二千本)が生立して果樹園を成し其の他の部分は栗其の他の雑木、及樹令三十年に達する杉檜が生立しており、右果樹園部分は他の部分と明瞭に区別し得ることを推認することができる。而して、本件土地の買収処分は未だ行政訴訟其の他の手続に依つて、無効宣言乃至は取消をなされていないことは抗告人の主張自体に徴して明かであり、又抗告人の疏明方法を以てしては少くとも右果樹園部分についての買収処分が無効であることを推認することは出来難い。

そこで本件、土地買収処分の効力が同地上にある本件果樹木に及ぶや否を検討する。

本件土地買収処分は昭和二十四年十月二日当時施行の自創法(昭和二十二年十二月二十六日公布法律第二四一号)第三条並其の附属法令に拠つてなされたことは抗告人の主張に照して明かである。従つて右買収処分の効力は先ず当時施行の自創法並同法施行令、同法施行規則、告示等に解釈の余地を容れない明確な規定の存する場合は勿論之に拠つて決せられねばならないのであるが、そのような規定が存しない場合には、同法の立法目的に反しない限りは私有財産に関する一般法たる民法其の他の私法の適用によつて決せられる。自創法の原規定には同法第三十条による未墾地等の買収の場合を除き土地の上に生立する立木を土地と別に買収する明白な規定は存しなかつたのであるが、本件買収当時は既に前示改正法律第十五条に所謂附帯買収として、新に農地の利用上必要な立木(買収農地の上に生立する場合を含むものと解する)を買収しうべき旨を明定し同時に同法第四十条の二は牧野の上に生立する立木を買収しうべき旨を定めた。(次いで自創法の実質上の改正法律である農地法―昭和二十七年七月十五日公布法律第二二九号―第十四条は農地又は採草放牧地の農業上の利用上特に必要があるときは立木を買収しうべき旨及同法第四十四条は未墾地等の上に存する立木を買収しうべき旨を定めているが、これらの点については暫く措く。)一方、自創法施行令第二十五条(昭和二十五年十月二十一日政令第三一六号に依り削除されるまでのもの)は自創法第三十条、第三十一条の場合未墾地等の上に竹木が生立する場合は土地の価額と竹木の価額とを合算したものを以て当該未墾地等の買収対価とすることを規定し又前示自創法第十五条又は第四十条の二の場合は夫々、同法施行令第十条又は同法施行規則第二十八条の六に拠つて当該立木の対価を決定すべきことを定め又自創法及農地調整法の適用を受けるべき土地の譲渡に関する政令は同令第二条第五条及同政令施行令第十四条第四項により農地、牧野、未墾地等の対価の額は当該土地に生立する竹木があるときは当該土地の価額と竹木の価額との合算額とする旨を規定した。

原始規定たる自創法を除き之等の規定並其の附属法令より判断すれば、少くとも農地、牧野、未墾地等買収土地の上に立木等が生立する場合は立木等をその地盤とは別個にその対価を決めて買収するか或は地盤と立木等を同時に買収する場合には買収対価は両者の価額の合算額によることを規定しているものであつて、何れの場合たるを問はず、いやしくも買収土地の上に立木等の生立する場合にはその対価をも支払うべきものとしているのである。そこで右に云う立木等とは果して如何なる性質のものを指すかというに、少くとも土地の構成部分をなす程度のものを指すものでなく、社会通念上土地とは独立に取引の対象となりうる有価物(土地から分離して動産となる場合をも含む)であることを要すると解すべきである。然乍ら更に進んで私有財産に関する一般法たる民法其の他の私法上所謂、土地の定著物として、土地と共に不動産としてその所有権の客体となる程度のものを指すか、又は一時的に仮植された立木等の場合或は立木に関する法律に謂う立木、又は立木法の適用を受けない樹木の集団若しくは個々の樹木にして取引に当つて当事者の意思に依り特に土地から独立させて所謂明認方法を講じた場合に於ける等、地盤の所有権とはなれた別個の所有権の客体となつたものを指すかは前記法令のみからは断定し難いところである。そこで自創法の立法目的乃至は買収手続の性格等を綜合して考えてみるに、凡そ自創法は同法所定の目的を達成するため農地その他所定の物件等を国に於いて強制的に買収し其の所有権は原始的に国に帰属するものであるから少くとも私人相互間の任意譲渡の場合に於ける意思解釈の法理をそのまま之に適用するのは相当でないし、又買収は右の如き強大な効力を持つ国のなす行政処分であるから、明確な表示行為あることを要請されているものと謂うべきである。之等の事情を勘案すれば、土地の買収に当つては、その地上に立木が生立する場合には前示立木法に所謂立木は勿論、いやしくも土地の定著物のままで地盤とは独立して取引の対象となりうるものは、土地とは別個に買収の対象として取扱い、その余のものは土地の定著物として地盤の買収処分に従はしめる(而もこの場合に於いても、その旨を表示すべきである)ものと解するのが相当である。従つて、土地の上に、定著物のままで地盤とは独立して取引の対象となりうる立木が生立する場合にその買収に当り土地のみを表示して、特に右立木をも買収する趣旨の明示されていない場合には、土地買収の効力は当然にはその立木に及ばないものと解する。かように解してこそ憲法第二十九条に規定する財産権保障の法理を完うすることが出来、而もそれがために農地買収の目的達成の支障とはならないものと信ずる。

そこで本件の場合についてみるに、疏甲第七、八号証第十号証の一を綜合すれば本件買収に於いてはその地盤のみに付買収計画が樹立せられ、特に地上立木をも買収する旨は明示していないものでその対価も地盤(畑)の賃貸価格の四十八倍に該る金四千六百十四円二十四銭のみしか支払はれていないものであることを認めるに足り之を左右するに足る資料はない。然るに本件買収土地の上には前示果樹木の外栗、杉檜等が生立しているものであり、その内右果樹木の価格丈にしても税務署の課税標準額にして金十八万円と決定されていること、抗告人主張の通りであるとすれば、右立木が農業経営上必要ある場合には地盤と共に又は別個に之を買収し得べきことは勿論であるけれども、これを買収するに当つてはそのことを明確にする行政上の手続を必要とすること前段説明の通りである。してみると本件土地買収の効力は少くとも抗告人主張の情況下においては前示果樹園を成せる柑橘類約二千本には及ばないものと認められ、従つて抗告人は未だ右柑橘類に対する所有権を喪失していないものと謂うことができる。そこで相手方に於いて本件土地と共に右果樹を占有して抗告人の右果樹に対する所有権を争つていることは抗告人の主張に徴し容易に推認し得られるところである。従つて抗告人主張の本件果樹木につきその所有権保全のためなした本件仮処分命令の申請は相当であると謂うべきである。仍て之と反対の帰結に出た原決定は相当でないから民事訴訟法第四百十四条第三百八十六条に則り之を取消すこととし、同時に抗告人に於いて保証として金十万円又は之に相当する有価証券を供託することを条件として、本件地上に生立する果樹木(柑橘類)について相手方の占有を解き、抗告人の委任する徳島地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。執行吏は徳島県海部郡日和佐町農業委員会又は其の他適当な第三者に右果樹木の栽培に必要な一切の肥培管理を行はせることができる。執行吏は右命令の趣旨を適当の方法で公示しなければならない旨の仮処分決定をなすを相当とし、抗告費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十五条を適用して主文のように決定する。

(裁判官 石丸友二郎 浮田茂男 橘盛行)

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